Words on
the way of Zen
Reflections on practice, tradition, and the everyday path of Zen.
兎の角、牛の角
ある僧が曹山本寂禅師に問うた。「心即仏の教えについてはお尋ねしません。では、心でも仏でもない教えとは、一体何でしょうか」
読む全体と部分
むかし、贫しい女がいた。彼女は持っていたたった二枚の硬貨をすべて三宝に捧げた。老住職は自ら、彼女のために功徳を回向してくださった。
読む割り引きで読経
父を失った息子が、父の解脱のため読経を頼みに、仏光禅師の寺を訪ねた。禅師は香・華・蔬果の供養を整え、亡き父のために読経を始めた。
読む林崇安教授:阿含における菩薩道――般若波羅蜜経の成立をめぐって
Selected Essays in Buddhist Studies
読む禅師の法座
仏光禅師が開示を説き、法話を垂れ、あるいは学人と以心伝心の接心を行う際は、つねに法堂の法座に座られた。寺院のすべての人にとって、その法座は法の象徴であり、悟りの証でもあった——それゆえ「法座」とも呼ばれていた。
読む六祖出家
法を嗣ぎ五祖のもとを辞したのちに、六祖は法性寺で印宗法師に出会った。ある夕暮れ、門前の幡が風に揺れるのを前に、二人の僧が言い争っているのを耳にした。一人は「風が動いている」と言い、もう一人は「幡が動いている」と言う。議論は堂々巡りを繰り返すばかりで、ついにその核心には至らなかった。そこで六祖は言った。「卑賎の身ではございますが、あなたがたの高き議論にお加えいただけますでしょうか。実のところ、動いているのは風でもなく幡でもない。動いているのは、あなたがたの心です。」
読む水がぬるいか冷たいかは飲んだ人だけが知る
第六祖・慧能大師は、黄梅において第五祖から袈裟と鉢、ならびに心印を受け継ぎ、すぐさま山深くへ去っていった。しかし、そのことが人々の耳に入り、慧明という修行者が追いかけてきた。追いついた慧明は、袈裟と鉢のためではなく、法を求めて来たのだと言って、慧能に懇ろに教えを請うた。慧能は答えた。「法を求めて来たのなら、まず一切の外的な執着を離れ、すべての思考を断ち切りなさい。そうして初めて、教えよう」
読む六月炎天飞雪
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読む六祖の神通力が恵明を教化す
袁州蒙山の道明禅師(袁州の州治は現在の江西省宜春)は、六祖慧能大師の嗣法である。もと恵明という名であったが、六祖の諱の一字を避けて道明と改めた。鄱陽の出身で、陳の宣帝の孫にあたる。隋が陳を滅ぼしたのち、道明は庶民として暮らした。皇族の末裔として、かつて四品将軍の代理を務めたこともあった。家が没落したのを機に、幼くして出家を志すようになった。まず永昌寺で得度した。道を求める思いに駆り立てられ、かつて双峰山へ赴き四祖・道信を訪ねたこともあった。のちに唐の高宗の治世、五祖のも...
読む六師外道、法を論ず
ある日、祇園精舎の比丘たちは、いつもの托鉢に都へ向かっていた。まだ日も高くならず、正午にはほど遠い時刻だったので、ある外道の堂で休むことにした。中では外道たちが終わりのない議論に明け暮れていた。「私こそ正しい——お前に法が何だというのだ!」「お前は頭が空っぽで無知だ! どうして我が深遠な教えが理解できるというのだ!」押し問答は続くが、どちらも一歩も譲らない。一方が侮辱されると、より辛辣な言葉で言い返す始末である。そばで休んでいた比丘たちは、どちらの言い分も正そうとは思わ...
読む公案集
ある僧が浜山智鑑禅師に問うた。「本来の身とは何でしょうか。」禅師は答えられた。「世の中のどこにも、これに並ぶものはない。」――
読むおおらかに愛する
蘇東坡は金山寺を訪ね、仏印禅師とともに座禅を組み、禅の修行をした。身も心も晴れやかに澄み渡り、彼は師に問うた。「師よ! 私の坐相はどうですか?」
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