The journal

Words on
the way of Zen

Reflections on practice, tradition, and the everyday path of Zen.

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禅の実践:禅定と般若の一体化(第一部)

問い:「修行が進んだ段階になっても、禅定と般若の一体化の真意がいまだ明らかになりません。どうかさらに説きひらいて、私の迷いを晴らし、解脱の門へと導いてください。」

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巌曉禅師:『辨中辺論』大意 第三

『辨中辺論』大意 第三

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林崇安教授:『瑜伽師地論』の異相とその編纂

仏教学論文選

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禅詩を味わう:是非で私を裁うな——この浮き世はかかる作為に無縁なり

[唐] 龍山の僧

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寒山大師:この肉体のために種々の快楽を追及してはならない

出家者としてまず心得るべきは、家を出て世間の執着を断ち、家族と別れるその根本の目的は生死の超越にある、ということである。生死の大事に臨む決意があるならば、世間のあらゆる事法は苦の根本であり、この身そのものが苦の集まりであることを知らねばならない。修行への志を起こし、苦からの解脱の道を求めねばならない。

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紫柏老人 善く心を用うるの語

鋭き刀を鞘から抜けば赫奕と輝き日を如く、鉄を断つも粘土を切るが如し。梓・楠・松・柏、出会う木はことごとくその刃によって形作られれば、みな有用な器となる。これを刀を使いこなす者と言う。愚かな人がいる。刀は鋭いと雖も、専ら泥を断つのみに用い、泥から器を作ることはできず、日々その刃を磨り減らす。これを刀を使いこなさぬ者と言う。

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禅詩鑑賞:研ぎ澄ました刃も、なお研ぐべし

[唐] 臨済義玄禅師

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禅詩鑑賞 — 炎の中に寒氷凝る

[唐] 曹山本寂禅師

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虚雲老和尚:心は虚空の如し

往昔、ある大きな僧団の中にあって長年を過ごした年嵩の修行者がいた。生まれつき温順で度量が広く、常に慈悲をもって人に接した。彼はよく人々に「放下、放下」と勧めた。かつてある者が問うた。「あなたは皆に放下せよとおっしゃいますが、ご自身はそれを成されましたか」老人は答えた。「私は三十年前に無明を断じた。放下すべきものはもう何もない」その後、僧団の暮らしはやはり窮屈すぎると感じ、遠く隔たった山中の一軒の茅庵に移り住んだ。今度は誰も寄り付かない孤独な峰にただ一人で暮らし、心は悠々...

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禅の瞑想 | 一念回光して本来の性を顕す

問:「頓悟と漸修の二つこそ、すべて聖者の歩む道と仰せられますが、悟りが頓であるならば、なぜ漸修を要するのでしょうか。修行が漸であるならば、なぜ頓悟を説くのでしょうか。この二つの意味をさらに明らかにしてくださり、疑いを残さないようお願いいたします。」

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禅の実践が教えてくれる「生き方」(アカパ・リンポチェ)

悟りを開いた後、ゴータマ・シッダッタ太子(ブッダ)は、人の存在を規定する生・老・病・死の輪廻のその先に、私たちが「生命そのもの」と呼ぶものがあることを悟られた。それはあたかも広大で、果てしなく、無限であるかのようであった。その瞬間から、ブッダは真の自由を体現され、四禅八定——正念の道とも呼ばれる——の実践を説き始められた。

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覚醒の道 II(ルアンポー・プラモート)

英語訳:ハタイティップ・デーワクン 中国語訳:Present Moment, At Ease(当下即安/いまここに安らぐ)

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