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林崇安教授:密教の修行法——タントラ実修の段階の概観

密教の修行法:タントラ実修の段階の概観

密教の修行法:タントラ実修の段階の概観

〈I〉 共通の修行段階

  1. 暇満の人身がいかに稀有で貴重なものであるかを思惟する
  2. 死と無常を思惟する
  3. 因果の法則——業と果報——を思惟する
  4. 輪廻の苦を思惟する
  5. 帰依して菩提心を発する
  6. 懺悔と罪障の浄化(金剛薩埵の浄化修法)
  7. 功徳の積集(曼荼羅供)
  8. 上師瑜伽の修習
  9. 奢摩他を修習する(九住心——内住・続住・安住・近住・調伏・寂静・最極寂静・専注一趣・等持——を順次経て心を安住させ、「止」に至る)
  10. 毘鉢舎那を修習する(人無我と法無我を分析し、観智を培う)

〈II〉 密教における修行段階

  1. 作部・行部・瑜伽部の三部は、いずれも「有相瑜伽」と「無相瑜伽」の双方を修める。有相瑜伽では、自らの心で本尊を観想する。無相瑜伽では、さらに本尊の空性を観ずる。実践において、作部は身と語の「外事」を重んじ、行部は「外事」と「内定」の調和を図り、瑜伽部は「内定」を重んじる。

  2. 無上瑜伽部の修行は「生起次第」と「円満次第」に分かれ、大手印(Mahāmudrā)と大円満(Dzogchen)の修行を含む。

〈1〉 生起次第:一方では本尊を観想してその空性を証し、他方では「死・中有・生」の三つの状態を法身・報身・応身へと転化する。

〈2〉 円満次第:心と気は不二であるとの原理に基づき、粗大な心と気を沈静させて、「最極微細の光明心」と本尊の「幻身」を顕現させる。「光明心と幻身の合一」によって、ついにこれらを法身と色身へと浄化する。

〈3〉 大手印(Mahāmudrā):まず「純粋な明性と純粋な覚知」たる心を見いだし、次にその空性を証する。「本初倶生心」が顕現し、空性の観想に安住して、非概念の「楽空一如」に至る。その果は「方便と智慧の不二なる大手印」である。

〈4〉 大円満(Dzogchen):粗大な心と気を止めることなく、心の本性——「本浄の体性、自性光明、大悲周遍」——を直接に証する。その果は法身・報身・応身の三身である。

チベット仏教の修行の目的は、三身円満の仏果を究竟することにある。衆生は皆、仏性を具えているがゆえに仏となり得る。「仏性」とは、一方では衆生の心の「空性」を指し、他方では自性空なる「最極微細の心と気」を指す。通りがけの旅人の衣に積もる塵のように、本来のものではない「染汚の心と気」を取り除いて、三身を顕現させる——これが、チベット仏教のあらゆる宗派が目指す果である。