臨終助念の最も良い時間帯はいつか
問い:師、ご指導を賜りたく存じます。臨終助念の最も良い時間帯はいつでしょうか。家族が患者様の臓器がまだ動いているのを見て延命治療の中止に同意されず、そのため患者様が苦しまれ、最終的にご家族の意向に従わざるを得ないという状況もございます。このような場合、どのように対処すべきでしょうか?
問い:師、ご指導を賜りたく存じます。臨終助念の最も良い時間帯はいつでしょうか。家族が患者様の臓器がまだ動いているのを見て延命治療の中止に同意されず、そのため患者様が苦しまれ、最終的にご家族の意向に従わざるを得ないという状況もございます。このような場合、どのように対処すべきでしょうか?
弘海師のご回答:このような状況では、常に患者様ご自身のお気持ちを最優先しなければなりません。私は今、念仏を称え西方極楽浄土への往生を願う浄土門の行者の立場からお話ししていることを、まず最初にお伝えしておきます。延命治療を止めるよう勧めるつもりは決してありません。そんな無責任なことは申しません。それは私たち自身に問題をもたらすからです。私たちが招く問題は、そのまま仏教への問題でもあるのです。そもそも仏教を取り巻く困難は既に多くあるではありませんか。ですので、はっきり申し上げておきます。もし患者様が、信念と誓願が十分に確立した浄土門の行者であり、念仏を称えて西方極楽浄土への往生を願っており、もはや治療の継続を望まれないのであれば、その方はすでに揺るぎない覚悟をお持ちだということです。はっきり申しますが、すべての方がこの段階で自ら進んで治療の中止を決断できる境地に達しているわけではないのです。
私は日頃から、このような場面を想い描き、備えております。臨終に際し浄土往生への切実な願いが芽生えた時、最初は迷いがあるように見えても、その人は結局喜んで往生されるでしょう。はたして、子供たちが無理に送り出さなければならないようなことがあるでしょうか。このことから申しまして、もし同道の方がこのような状況にいらっしゃれば、その方の内面の覚悟、信念、誓願はすでにこの試練に耐えるだけの強さを持っております。もっとも、この最初の試練を乗り切ったとしても、揺るぎない信願の境地に達したという意味ではございません。あくまで、ご自身の修行における信として十分であるという意味です。もし周囲から干渉があれば、たとえばお子様方が治療を続けるよう促されるような場合、その瞬間における生への束の間の執着が前面に出て、信念と誓願が揺らぎ、治療の再開に同意してしまうということもあり得ます。
実際、治療によって多少寿命が延びたとしても、質の伴わない生には意味がありません。それどころか、浄土往生というこの一生でのかけがえのない機会を先延ばしにすることとなり、それは取り返しのつかない不幸となるでしょう。これが私たち浄土門の行者としての視点でございます。
それでは、臨終助念の最も良い時間帯とはいつでしょうか。それは、まさに死が迫った時からその方が最後の息を引き取られる時までです。あまりに早く始めますと、まだお元気な状態では……私自身も感じておりますが、助念を行う側にも体力と気力が必要です。早すぎる場合、例えば患者様にはまだ十分な時間があるような段階で始めますと、助念に当たる方々の体力を消耗させてしまいます。そして本当に手を差し伸べるべき決定的な時に、彼らにはもう力が残っていないということになりかねません。よほどの人員を擁した大規模なチームがあれば別ですが、ほとんどの人はそのような福德と善縁を持ち合わせてはおりません。したがいまして、助念は、まさに死を迎えられようとする時、昏睡状態に入られようとする時、あるいはそのお顔に死の兆候が明瞭に表れた時から始めるべきであります。そしてそこから息を引き取られる時まで助念を続けます。死後の間もない時間帯こそ助念が最も盛んに行われ、故人への霊的な助力も最も有効に働く時期です。
死亡時からその後の二十四時間から四十八時間までの間も、助念を行うのに適しております。したがいまして、時期を計ることは本当に大切なことでございます。経験のある方は、助念を始めるに相応しい正確な瞬間を見極め、人的な資源を全てその最も大切な時に集中させるべきであります。だいたいこの件については以上でございます。