九華山で誓った願いは東林寺で果たせる?
質問:九華山で誓願を立てたのですが、東林寺でそれを果たしても構わないでしょうか。今、東林寺は資金を急募していると聞きますが、九華山の方は資金が潤沢だと聞いています。
質問:九華山で誓願を立てたのですが、東林寺でそれを果たしても構わないでしょうか。今、東林寺は資金を急募していると聞きますが、九華山の方は資金が潤沢だと聞いています。
大安和尚がお答えになります:まず、あなたの質問を整理しましょう。九華山で誓願を立てた場合、東林寺で果たしても構わないか、ということですね。仏さまと菩薩方は、誓願を立てることと果たすことを、金銭の取引のように捉えることは決してありません。地蔵菩薩は、もし誓願を定めた期日までに帰って果たせなかったからといって、怒ってあなたに災いをもたらすことなど、決してありません。そんなことは菩薩の行いではありません。
地蔵菩薩の真髄は、すべての衆生を苦しみから解脱させることにあります。菩薩があなたからわずかばかりの布施をいただきたいなどと思われることは、決してありません。仏さまと菩薩方にとっては、空の法界全体も、時空も、あらゆる限られた枠組みを超えています。菩薩方には、「ここ」や「あちら」といった場所の区別の概念は、そもそも存在しません。私たちが本来持っている心性は、法界全体に満ち広がっています。真心を込めて菩薩と感応すれば、菩薩は千の異なる場所からの願いにも、こたえてくださいます。私たちは自分勝手な限界を設けてはならないのです。ですから九華山で誓願を立てたのであれば、あなたが望む場所ならどこで果たしても構わないのです。
東林寺で誓願を果たすことは全く問題ありませんが、「東林寺は資金が不足していて九華山は潤沢だ」という考えを持つ必要はありません。そんなふうに考える必要はないのです。
確かに東林寺では、大仏像の建立に向けて一部の資金を要しているのは事実です。熱心な在家信者の方からよく「東林寺はお金が足りないのですか」と聞かれます。私はいつも「東林寺に資金の不足はありません」と答えます。
資金の有無は、余裕があるか不足しているかという問題ではありません。私たちはただ、因縁のままに事を運んでいるだけです。資金があれば建立はより速く進み、少なければゆっくりと進み、全く資金がなければ、ただ正しく仏名を称えることに専念すればよいのです。「資金不足」「十分」といった概念が、そもそも何を意味するのでしょう。
ですから「東林寺はあれこれの物が必要だ」などと言わないでください。東林寺が本当に必要としているのは、皆さんが急いで仏名を称え、極楽浄土への往生を願うことだけです。それ以外に必要なものは何もありません。